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公益社団法人日本技術士会四国本部 第28回青年技術士交流会 に参加しました

第28回青年技術士交流会会場(田村ボーリング3F)

みなさんこんにちは
技術部の谷野宮です。今回は2021年7月31日に開催された第28回青年技術士交流会について紹介します。

青年技術士交流会は若手技術者(といっても45歳以下)の交流を目的に組織されており、谷野宮も数年前から参加させてもらっています。今回の交流会はテクノツアーということで、技術を主軸とした現地見学をおこない、交流と技術研鑽をおこなうというものでした。しかし、このコロナ渦のため集合して外に出かけるというのができないため、代表の委員が現地取材をして動画資料を作り、これを共有することで技術研鑽しようということになりました。
この取材と動画作成担当の一人として谷野宮が参加しました。
今回のテーマは「香川用水」
香川県民であれば誰もが知っているインフラですが「早明浦ダムから水が来ている」ぐらいの認識で、詳細に知っている人は実はすくないんですね。そういうわけで、私と交流委員長の白鳥氏とで、高松から香川用水を遡り、早明浦ダムの水源域を訪ね、その途中で施設を紹介したり、管理している国土交通省の方にインタビューしたり、水源地である大川村では住民の方にお話を伺ったりしました。その様子を動画で紹介し、擬似的に現地に行ったような内容にしました。

まず始めは香川用水を管理している、香川県水道企業団の方のインタビューから始まります。実はこの企業団の方も青年技術士の委員だったりします。全国的にも珍しい、県全体で水道事業を管理している組織の成り立ちや、そのメリットなどを伺うことができました。
次はいよいよツアーの開始です。まずは香川用水が地上を流れている場所を見に行きました。田村ボーリングを出発して国道193号を南下すると、やがてフェンスに囲われて東に流れる開水路が出現します。これが香川用水です。この開水路を西に追従していくと、やがて南北に流れる川に突き当たります。普通に考えると川に流れ込んでしまいますが、香川用水はサイフォンという原理で、川の下を横断して流れているんですね。これも知らないと不思議なインフラです。
さらに遡って浄水施設である東部浄水場や渇水時に活躍する宝山湖、徳島県側から香川県側に讃岐山脈を貫く導水路の出口である東西分水工を経由し、徳島県に入って池田ダムに到着します。
香川県の人でも勘違いしている人がいるのですが、香川用水の取水口は池田ダムにあるのです。早明浦ダムは池田ダムよりさらに上流にあって、早明浦ダムから流された水が池田ダムに入っているので早明浦ダムの水とも言えなくはありませんが、実際の取水口は池田ダムにあるのです。
池田ダムでは水資源機構の方にインタビューをしました。池田ダムでは、香川用水の取水口があるとともに、吉野川北岸用水という農業用水の取水口もあり、その取水口の高さの関係から、貯水位は0.6mの範囲で厳しく管理されているということでした。早明浦ダムからの水や降雨により流入する水の量を考え、日々管理されており、当たり前の生活がだれかのインフラ管理のおかげだということを改めて感じました。
池田ダムを出た後は吉野川を遡り、早明浦ダムに向かいました。早明浦ダムでも職員の方にお話を伺い、ダムの中の監査路という管理施設に入らしてもらい、ダムが貯水位によってちょっとだけ変形するとか、水圧によるダムの変動が無いかどうか監視されているとか、やはりインフラ管理の重要性を再度確認しました。
早明浦ダムを出た後は、上吉野川橋という瀬戸大橋のテストモデルとなった吊り橋を見たりしながら、水源域である大川村まで向かいます。大川村は人工が300人程度の、つい先日まで日本一人口の少ない自治体でした。今は2位だそうです。昔は鉱山で栄えて4000人以上の人口がいた大川村ですが、鉱山の閉鎖により人口は減少し、さらにダムの建設により村の中心部が水没してしまい、今の状態になっています。それでも、大川村は村として独立して行く道を選択し、自然や、衰退の一因ともなったダムの湖面を利用した観光資源の開発をすすめて、努力を続けられていました。

今回のテクノツアーでは、インフラが先人の苦労で築かれ、それを維持管理している人々がいて、水源地を守る住民がいて、そういう背景があるからこそ、はじめて香川県の水道をひねると水が出るという当たり前が守られているのだと理解することができました。

今回の交流会では、オンラインで配信をしたのですが、配信会場とした田村ボーリング会議室には、田村ボーリングの若手技術者が密なにならない範囲で集まってくれ、一緒に講習に参加してくれました。きっと、インフラの重要性への理解が高まり、それを支える自分達の仕事に誇りを持ってくれたものと思います。